グリューゲル時代のギュスターヴとレスリー。
レスリーは母から言いつかった用事で出かけている時にその場面に遭遇した。彼女が歩く少し先を一人の少年が走って横切り、その前を歩いていた別の少年を突然突き飛ばしたのだった。
「!」
彼女は不意のことに驚き、歩みを止める。
道に倒れ込んだ少年を見下ろしていたのはグリューゲルでは乱暴者で名が通っているギュスターヴという少年だった。遠い国の王子とのことであったが、国を追われた身である。彼にはアニマがなく、術不能者であるという話は有名だった。
「何をする?!」
「ほら、お得意の術でやり返してみろよ」
「ギュスさま……」
転ばされた少年の激昂に、冷ややかな視線で応戦するギュスターヴ。彼を追いかけてきたフリンという少年――彼はいつもギュスターヴと一緒だった――が少し後ろでおろおろしている。
ギュスターヴの評判は悪く、暴力をふるうこともよくあったが、大人達は彼に直接ものをいうことをしなかった。かの母子はナ国王の庇護下にあり、余計なことに巻き込まれたくないのだ。彼らは見て見ぬふりをし、その子供達もギュスターヴを避けていた。
しかし、レスリーは違った。
彼女はその場に駆け寄るとギュスターヴに叫んだ。
「やめなさいよ!」
ギュスターヴは目の前に飛び込んできた彼女に一瞬呆気にとられるも、言い返す。
「あいつが先に喧嘩をふっかけてきたんだ! 俺は悪くない!」
「そういう問題じゃないでしょ!」
ギュスターヴとレスリーが言い争いを始めたことをいいことに、転んだ少年は慌てて立ち上がるとその場を一目散に逃げだした。
「あ! あいつめ!」
「ギュスターヴ!」
追いかけようとするギュスターヴをレスリーが腕を引っ張って止める。
「誰かに傷つけられたからって誰かを傷つけていい理由にはならないわ!」
縋るようにして彼の腕を引き寄せたレスリーを、ギュスターヴは睨むように見下ろした。彼はばっと手を振りほどくと、少年が消えたのとは逆の方向に走り去った。
レスリーが唇をキュッと噛む。するとフリンが彼女に近づいて言った。
「ありがとう、レスリー。でもね、ギュス様はボクのために怒ってくれたんだ……」
レスリーが目撃する少し前、フリンは先程の少年に突き飛ばされたのだった。『アニマが弱すぎて見えなかった』、とせせら笑いを浮かべていたという。
「そう……」
「ボク、ギュス様を探してくるね」
フリンは、そう言ってまた駆けていく。
レスリーは自分の身体が震えていたことに気づき、腕をぎゅっと掴んだ。まだギュスターヴが怖かった。初めて彼を止めた時も彼女は自分も殴られることを覚悟したものだ。しかし、拳のかわりに落ちてきたのは彼の涙だった。
その涙は彼女の心にひとつの波紋をつくった。
(もしかしたらただの乱暴者ではないのかもしれない)
もちろん彼の言動は褒められたものでは無い。でもそこにあるかもしれない彼の理由をレスリーは知りたいと思ったのだ。
First Written :2021/04/21