同志

1240年ワイド。「ワイド奪取」の頃のレスリーとフリンの話。


 

「ギュス様、大丈夫かな?」
 宿の一室でフリンはこぼす。レスリーは寝台の端に座る彼を見やった。
 二人は今ワイドにいた。南大陸にある、若きワイド侯が治める領である。その領主の元を彼らの待ち人──ギュスターヴ十三世が訪れている。彼のことを自称子分のフリンは心配していた。
 確かにあまりに自虐的だとレスリーも思う。フィニー王国を追放された術不能者。敢えて自分を軽んじさせ、道化を演じる。自分の兵を持たないギュスターヴがワイドを手に入れるためにたてた作戦は大胆なものだった。
 真意が暴かれたとしたら命がない。それは諜報活動を行っている彼女達もまた同様ではあったのだが──
「レスリーも本当によかったの?」
 フリンが今度はレスリーに尋ねる。フリンとレスリーでは出自が違う。術不能者であることから半ば親から見捨てられていた彼とは違い、レスリーはグリューゲルでは名の通った家の娘だ。そんな彼女が故郷に帰るどころか、ギュスターヴの作戦に参加するとは誰が想像しただろう。
 「そうね。でもここまで来ちゃったんだもの」
 レスリーはそう言うと扉の方を眺めた。待ち人はまだ来そうにない。
 本当のところ、彼女は自分自身でも驚いていた。次女ということである程度自由にさせてもらってはいるが、さすがにワイドまで来てしまったことは実家に未だ言えないでいる。
 フィニー王家の血筋といえど、ギュスターヴは追放された身であり、なんの身分も権力もない。それでも彼には不思議な引力があるのだ。彼自身はそれに気づいていないようだが、それは周りの人間を魅了し、巻き込んでいく。
 レスリーも言うなればそれに巻きとられた一人なのだった。

「うん、でもさレスリー。ソフィー様のかわり、とか無理してない?」
 フリンが続けた言葉にレスリーは一瞬言葉につまる。
 母を亡くしたギュスターヴの為に──そう思う気持ちがないとは言えない。しかし、ソフィーのかわりというのもおこがましい話だ。彼の心の穴は埋めようとしても簡単に埋められるものでもない。それは痛いほどよくわかっている。
 それでもなお、いやそれより前から──きっとあの涙を見た時からギュスターヴは彼女にとってほっとけない人だった。彼の痛みを理解したいと思った。彼の心に触れてみたいと思ったのだ。
 ヤーデで再会したギュスターヴは彼女がグリューゲルで見知っていた乱暴者ではなかった。鋼の剣という武器を得て、自分の力を試そうとしている。傷ついてばかりではない。弱者でありながら、前に進もうとしている彼の姿に彼女は純粋に感嘆した。
 彼がどこまで行けるのか、それを見たいと本心から思った。力になりたい、と願ってここまでやってきたのだ。
「大丈夫よ。そんなことないわ」
 胸中の想いを口に出すことはなく、レスリーは小さく微笑んだ。
「あなたも大概だと思うけど」
 レスリーが知る限り、フリンはギュスターヴの傍を離れることがなかった。荒れていた頃のギュスターヴに例え暴力を振るわれたとしてもひたすらに彼を追っていた。まだ幼い頃からずっと。
「ボクはずっとギュス様のそばにいると決めたから」
「あなたを初めてわかってくれた人だから?」
「うん。ギュス様はボクを救ってくれたんだよね。だから今度はボクがギュス様を助ける番なんだよ」
 フリンは嬉しそうに笑った。彼もまたギュスターヴの中の何かに魅せられ、引き寄せられたのだ。生まれつきアニマが弱く、術不能者であることを享受して諦めていたフリン。彼にとってギュスターヴは足りなかったものを満たしてくれる存在だった。
「ギュス様は、本当にすごい人だよね」
「……そうかもね」
 フリンが半ば独り言のようにしみじみと漏らし、レスリーも静かに呟いた。  
 それは恋とか、憧れとか、簡単に一言で表せるものではないけれど。
 果たして彼の人はそれに気づいているのやら。

「あ、来たみたい」
 階段をのぼってくる音がして、ギュスターヴが部屋に入ってきた。
「待たせたな。で、ムートンのことは……って、何笑ってるんだよ」
 怪訝そうに眉をひそめるギュスターヴに、レスリーとフリンは顔を見合わせて、ふふっと笑いあった。

 


First Written : 2021/04/25