1236年頃。ギュスレス。
シルマールから与えられた課題でとある本を読んでいたギュスターヴ。
ヤーデにある屋敷の庭で、大きな樹の根元に背を預けてギュスターヴは座っていた。膝の上には開かれた本。しかし彼の瞳はその上の文字を追ってはいない。
「何を読んでいるの?」
そんな様子に気づいたレスリーが彼のそばに寄って座り、本の表紙を覗き込んだ。
「メル、シュマン……歴史…?」
「ん……」
ギュスターヴはパタンと本を閉じて、レスリーにそれを手渡す。
「あら、読んでたんじゃないの?」
「シルマール先生の課題なんだけど、どうもやる気が出なくて」
ギュスターヴは一つ伸びをした。
ケルヴィン程の読書家ではないし、体を動かしている方が好きなギュスターヴではあるが、全く本を読まないというわけではない。にしても、今回の課題はどうにも気が進まないのであった。
「メルシュマンの歴史……ですか?」
受け取った本の背表紙を読んでギュスターヴは師が見ていることも忘れて顔をしかめた。
「ええ。割と新しく編纂されたもののようですよ」
「でも今更、東大陸のことを習っても……」
口ごもるギュスターヴに、本を渡した当人――シルマールは、真摯な顔で若き教え子の瞳を見つめた。
「ギュスターヴ様。貴方にとっては不本意なことであっても貴方がフィニー王家に連なる者であるという事実は変わりません。周りの目も必ずそれを前提としたものになります」
彼の顔が曇っていくのを見てシルマールは少し微笑んだ。
「知識は武器になります。これからどのような選択をするにしろ、貴方は知っておかなければならない」
一応頭では納得したはずだった。しかしそこにはバース侯国やノール、シュッドといった名前だけではなく「ギュスターヴ」という名前が必ず出てくる。彼の祖先や、あるいは父の名前も――。
出来損ないと言われ国を追われたものが祖国の歴史を、父の偉業を知って何になるというのだ。ただ苦い思いが残るだけだ。そんな投げやりな気持ちがページを開く度にこみ上げてきて先に読み進めることができないのだった。
レスリーはギュスターヴから受け取った本を開いた。パラパラと全体を眺めてから改めて最初のページを開く。しばらく無言になった彼女を、ギュスターヴは怪訝そうに見やった。
「面白いのか?」
「ええ。だって私にとっては知らないことばかりだし、気になるわ」
「あ、そう」
レスリーの答えにギュスターヴはつまらなさそうに頭の後ろで手を組んだ。
「物語だと思えばいいのよ。遠いとある国のお話」
「で、俺はその遠い国の王子様ってわけ?」
「まぁ、物語に出てくる王子様とはだいぶ印象が違うけれど」
くすくすと笑われ、ギュスターヴは仏頂面になる。
「本は本だし。あなたはあなた。それでいいじゃない」
ギュスターヴはレスリーを見た。彼女は特に気にした風もなく、また本の文字に目を落としている。
そっか、とギュスターヴは小さく口にした。不思議とのしかかっていた重さが減ったような気がした。
「じゃあさ、読んで聞かせてよ」
「なんでそうなるのよ」
「レスリーも興味あるんだろ?」
仕方ないわね、とレスリーは言うとギュスターヴが見えるように本を持ち上げて、書かれた言葉を口にする。ギュスターヴはレスリーの肩に顔を寄せると、彼女の声に静かに耳を傾けるのだった。
First Written : 2021/06/03