アンシャンテ

4月8日はヨハンの日。ちょっとだけリマスターを意識したお話。


 

 笑顔を見せる、ということが存外に難しいことを知る。
 赤子は親の笑顔を真似て笑うという。生まれも親の顔も覚えていないが、俺にも自然に笑っていた頃が多分あったのだと思う。
 サソリに笑顔は不要だ。会話をせずとも標的を仕留められる。人混みに紛れて歩く時に、にやついている方が不自然で警戒される。
 だから、ながらく忘れていたんだ。
 笑った顔を見せたら喜ぶ人がいるということを。
 
「今のは笑うところだぞ」
 口とは裏腹に憤慨した様子はなく、ギュスターヴ様は愉快そうに声をたてて笑う。
「別に笑わないのが良くないと言っているわけではないよ。でも、円滑に物事を運ぶためには仏頂面よりは効果的だってことで……」
 そうやってもっともぶって語るヴァンは、俺の口もとがゆるむのを見つければ「もう一回見せて!」としつこく絡みにくる。
 少しずつ口の緊張がほぐれ、微笑みと呼べそうなものを浮かべたならば、レスリー様は何故だかとても嬉しそうにする。

「前と顔つきが変わってきたな」
 ギュスターヴ様がうんうんと満足そうに頷くと、俺の頭を乱暴に撫でまわす。それが不快ではない。
「次は歌でも歌ってみたらどうだ」
 どこまで本気かわからない言い草に、俺は少し笑った。
 


First Written : 2025/04/08