インサガECのシナリオ企画イベント『神隠しの館!ケルヴィンよ、愛しき姫君を守り抜け!』の舞台裏妄想話。
ギュスレスをイチャイチャさせたかっただけ。
※イベントから、二人は事実婚だと認識した者の妄言ですのでご注意。
廊下に響く若い女性の悲鳴のような叫び。どたばたと連なる足音に、話し声。その声が遠のき、聞こえなくなったところで、レスリーは詰めていた息を吐き出した。
「うまくいったようだな」
彼女が緊張を解くのと同時に、すぐそばで笑いを含んだ声がした。薄暗い明かりの中でもその人物——ギュスターヴ十三世の顔がにやけているのが彼女にはわかった。ギュスターヴ十四世が築いた館のお披露目と、亡星獣との戦いで活躍したナイツ家の慰労の為の催し、という口上で仕掛けた策が動き出したことが余程楽しいのだろう。
その催しでギュスターヴ達が滞在することになっている部屋の隣の部屋——そのクローゼットの中に彼女達はいた。
ギュスターヴが言うにはそこが一番人に見られずに部屋の様子がうかがえるのだ。部屋の中で待つつもりだったレスリーも、万が一こちらの部屋も探しに来たら見つかる、という理由でそこに引っぱり込まれた。ハンガーに掛けられたコートや積まれたシーツなどに紛れて姿勢を低くし、壁にぴたりと耳をあてた鋼の十三世は傍から見たら酷く滑稽だった。
メインホールから自室に引き上げた二人は淹れたてのお茶を残していずこかへと消え去った、という設定だった。ナイツのアニマ感知能力をもってしても二人の行方はわからないという不可思議な状況——
そもそも、ナイツ家の者達も巻き込んでこんな大掛かりな仕掛けをすることも、レスリーは直前まで知らされていなかった。
「言ったら反対されるかと思って」
あっけらかんとそう言い放つ黒幕にレスリーはあきれたし、重要な段取りを任されたヴァンには同情を禁じ得なかったが、結局彼女もその策に乗ることにした。乗らざるを得ない状況であったともいう。姿を消すだけで、演技を求められなかったのは幸いである。
(子供みたいに、はしゃいじゃって……)
口ではケルヴィンとマリーの為と言い、実際のところそうなのだろうが、ギュスターヴ自身が心底楽しんでいることが滲み出でいる。テルムを離れ、身内と言っていい程度の護衛で、のびのびと羽を伸ばす。これ以上ないほど開放的になる気持ちはわからないでもないが、果たして本来の目的を見失ってないか心配になるほどだ。
——ケルヴィン様もいらっしゃったらよかったのに——
レスリーは行楽で出かけた先でマリーがこぼした言葉を思い出す。その言葉を皮切りにマリーはレスリーに、抱えていた悩みを打ち明けていた。
それは小さなすれ違いだった。ケルヴィンが彼女を想うあまりに踏み出せずにいた一歩に、マリーは寂しさを覚えていた。サンダイルでは婚姻関係にあったという事実がケルヴィンに負担をかけているのではないかと、気後れもしていた。
微妙な距離感を保っている二人の関係が、今回のことでかえって拗れなければいいが。
「そんなに心配するな」
黙り込んでいたレスリーに気づいたのか、ギュスターヴが笑った。
「ちょっと背中を押すだけだ。お互い好きなのがわかってるのに、何を躊躇う必要がある?」
その言葉にレスリーはじっとギュスターヴを見つめた。お互いの息遣いが直に伝わる程の至近距離で、このように見つめ合うことなんて滅多にない。そんな関係になったのはごく最近と言ってもいいのに。
「なんだ。何か言いたそうだな」
「別に。ケルヴィンが聞いたら怒りそうと思っただけよ」
「……そろそろ出るか」
ギュスターヴが立ち上がる。まわりにぶらさがった衣服をかき分けて道をつくると、レスリーに向かって手を差し伸べた。彼女はその手をとり、腰を屈めながら二人はクローゼットから這い出る。
外に出たところで、ギュスターヴはレスリーを振り返った。握った手に力が込められ、一歩近くに引き寄せられる。
「……どうしたの?」
どこか変わった雰囲気にレスリーが戸惑いを見せると、うん、とギュスターヴも気まずそうに頷く。言葉を探すように一呼吸おくと、彼は口を開いた。
「なぁ、レスリー。もし君がそういうことを望むなら」
「そういうことって?」
「いや、なんていうか」
「何かしら?」
「……レスリー。もしや、からかっているのか?」
「ギュス」
レスリーがギュスターヴの名を呼ぶ。その唇には笑みが浮かぶ。
レスリーは彼に向き直ると、彼の頬に手を当てながら自分に引き寄せ、まぶたをそっと閉じた。せがむような動きに導かれて、ギュスターヴは彼女と唇を重ねる。腰に回された腕にこたえるようにレスリーも彼の胸に身をゆだねた。彼の熱を、香りを、堪能するように深く息を吸う。
「……こうしていられる。私の望みはそれで叶えられているのよ」
ね、と目配せをすると、ギュスターヴはかなわないとばかりに、頬をゆるめた。またどちらからともなく口付けを交わす。
「部屋に戻りましょう。フリンが呼びに来るんでしょう?」
「そうだな。『 おとうと』の一世一代の告白を見逃すわけにはいかんからな」
ギュスターヴの瞳に悪童の光が戻る。足音が響きすぎないように気をつけながら二人は滑り込むように自室へと戻った。
指と指を深く絡ませたまま。
First Written : 2022/04/23