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庭園に見慣れた背中が二つ並んでいた。一人はまだあどけない五歳の少年。色素の薄い金髪の髪がさらさらと風に揺れている。膝を抱えて座り込む彼の傍らにいるのは少年の母親より少し歳上の女性だ。少年に習って芝生に座っている。
距離があるので声は聞こえない。だが、時折顔を見合わせて微笑む姿は見てとれた。
仲が良いことだ。微笑ましさとほろ苦さとともに、彼は執務室の窓辺から二人を見下ろす。いや、そもそも痛みを感じること自体、勝手というものだろう。
ふわっと風がカーテンを揺らした。
カタリという微かな音が聞こえて、ギュスターヴは開けっ放しの扉を一瞥した。が、すぐに視線を窓の外へ戻す。やわらかな日差しとともに心地よい風が吹く。とてもいい天気だった。
程なくして、布地を踏むやわらかな足音がして、戸口にケルヴィンが現れた。
「ここにいたのか」
ケルヴィンは意外そうにそう言って部屋を見渡した。綺麗に整頓された執務室にギュスターヴが用事があるとも思えなかったのだが、彼以外の人影も見当たらないことを確認する。
「……チャールズを知らないか?」
「いや、知らんな」
ケルヴィンはちらとギュスターヴを見た。彼はまた窓の外を眺めている。
「そうか……邪魔したな」
ケルヴィンの足音が遠ざかって行くのを聞き届けると、ギュスターヴは口を開いた。
「で、今日はどうしたんだ? 父親とかくれんぼというわけでもあるまい」
「……気づいていたのですね」
執務机の下から茶髪の少年が這い出てくる。
「父と喧嘩したか?」
「いえ……弟とです」
「そうか」
ギュスターヴの問いにチャールズは正直に答えた。ギュスターヴは窓の外から視線を室内にうつした。
ケルヴィンの長男、チャールズは今年で十になる。少年ざかりの負けん気の強い彼は、今はばつの悪そうな顔で彼の伯父を見上げた。
ヤーデに住まうこの兄弟は時たま父親についてハン・ノヴァを訪れていた。今日もそんな日だった。
短く返すギュスターヴに、どうしてか責められてる気持ちになり、チャールズはもごもごと事の発端を説明した。
「意地悪なことを言ってしまったのは自分でもわかってるんです……」
彼はこの伯父を敬愛していた。アニマ無き身でありながら、覇王と呼ばれるまで上り詰めた存在である。東大陸の術至上主義者ならともかく、彼に憧れない少年はこの街にはいないだろう。それ故に彼に軽蔑されるのは何としてでも避けたい。
伺うような視線にギュスターヴは笑った。
「チャールズ、こっちへ来い」
手招きする彼に誘われてチャールズはおずおずと伯父のそばによる。
「ほれ」
すぐ見上げるように近くまでチャールズが寄ると、ギュスターヴは膝を曲げてチャールズを抱き上げた。
「ふむ、やはり重くなったなぁ」
言葉とは裏腹に、ギュスターヴは甥を自分の片腕に乗せるように抱えあげた。急に身体が宙へ浮いたことの驚きと、すっぽりと伯父の腕の中に収まった羞恥で、チャールズが真っ赤になる。
「お、伯父上。私はもうそんな子供ではありません……!」
「まぁ、そういうな。ほら、視線が高くなると景色の見え方が変わるだろう」
風が吹いてチャールズの髪を揺らした。
「あっ……」
チャールズは窓の外を見下ろして小さく声を出した。そこには先程喧嘩をしてしまった相手――弟のフィリップがいた。
「私がお前の年頃の時に比べたら可愛い喧嘩だ。
喧嘩の対処はな、相手がどう思ったかを考え、自分がどうするべきかを考えるのが半分。考えるまではいいが、実行に移すのが難しいな。
もう半分は、本当は自分がどうしたかったのか、どう思ったのか、を理解すること――これもまた意外に難しい。私はどちらも出来なかったからチャールズは上出来だぞ?」
チャールズを窓枠に下ろすと、ギュスターヴは続けた。
「背伸びしているようだが、残念ながらお前はまだ子供だよ。だから、怒っていいし、泣いていいし、甘えたかったらそう言えばいい。それがうまく出来ないとこんなろくでもない大人になってしまうぞ」
ギュスターヴは豪快に笑った。チャールズはそんな伯父を見つめ、少しはにかんだ。
「せっかくだからマリーの話でもしてやろうか?」
「いえ……それよりも伯父上のお話がききたいです」
キラキラとした眼差しにギュスターヴは苦笑した。彼はくしゃりと甥の頭を撫でた。
「世話をかけたな」
また窓辺からチャールズがフィリップの元へ駆け寄るところを見ていると、ケルヴィンが部屋に入ってきた。
「別に」
ギュスターヴは短く笑うと、目を伏せ低い声で続けた。
「それに、こちらも世話をかけることになるからな」
ケルヴィンは眉を寄せた。
「その話は……」
「いや、今はいいんだ。まだ少し先のことだ」
ギュスターヴはそれ以上そのことについては言及するつもりはないようだった。黙り込む彼にケルヴィンはやれやれとため息をつく。
「こういう時にマリーがいれば、と思うよ。チャールズは母親が大好きだったからな。私も少し厳しくしすぎなのだろうか」
ケルヴィンは亡き妻を想う。あれから五年経ったが今でもその傷は痛む。子供たちであればなおさらだろう。
「チャールズはお前のことが大好きだよ。マリーのことと同じくらいな。見てたらわかる」
ケルヴィンは眉をあげてギュスターヴを見た。
「私に言わせたら、チャールズはお前のことも相当大好きだがな」
「そう思うか? ほんとにこんな出来損ないのどこがいいのやら」
ギュスターヴは目を細めて窓の外を見やった。兄弟は無事仲直りできたのか、眼下を走り回っている。無邪気な笑い声が風に乗って耳に届いた。
First Written : 2021/05/25