心頼 - 2/2

  * * *
 
「なぁ、ケルヴィン」
 テルムの執務室でギュスターヴがぽつりと呟くように口にした。部屋には彼ら二人の他にはムートン、ネーベルスタンがいた。それぞれが書類の山を前にしている。彼らの元に届く前にある程度は仕分けられているとはいえ、各種報告書、陳情書など、片付けねばならぬことは文字通り山積みだ。政務が順調に回り出すにはまだ時間がかかりそうだった。
 ギュスターヴはよくやっているほうだとケルヴィンは思う。ワイドにいる頃はムートンが全てを掌握していたため、ギュスターヴは曖昧に頷くだけでも政務が滞ることはなかった。だが、東大陸となると何かと勝手も違う。ギュスターヴが自ら決定を下さないといけない事柄も多く、執務室に篭もりっぱなしの日々が続いていた。いい加減、うんざりしてきても仕方が無い。愚痴のひとつでも出る頃合いだ。
「……レスリーは元気か?」
 続いた予想外の言葉に、ケルヴィンは驚いて目線をあげた。
「元気か……って、会っていないのか?」
「うん。見かけても、どこかよそよそしいし」
 ギュスターヴは不貞腐れたように口を尖らせた。先ほどまで神妙な顔で政務の決断をしていたかと思えば、うってかわっての子供っぽい表情にケルヴィンは内心苦笑する。
「それは、立場を弁えているからだろう」
「なんだよ立場って」
 レスリーはグリューゲルの名家の出とはいえ、貴族ではない。表向きではケルヴィンの侍女という形で東大陸まで来ている。侍女にしかすぎない彼女が公の場で王族と気安くすれば、階級意識が強いフィニーでは悪目立ちしてしまうことだろう。
「お前は、この国の主だぞ?」
「そんなつもりはない、と言っているだろう」
「お前にそのつもりが無くても、実際そうなのだ」
 問題はその『王族側』の意識の問題だ。ギュスターヴには口うるさく言っているものの、彼はなかなかその事実を受け入れない。彼の意識がフィニーに無いのは仕方がない。それでも落ち着く先が見つかるまでは、それらしく振舞ってもらいたいものだ、とケルヴィンにとっては頭が痛い問題だった。
「今日はもうこれくらいで終わりにしましょうか?」
 また口論が始まりそうな具合になって、ムートンが横から口を挟んだ。
「いいのか?」
「たまには良いでしょう」
 昼はとうに過ぎているとはいえ、まだ日も明るい。まるでご褒美を得たようにギュスターヴの目が輝く。ケルヴィンはやれやれと肩をすくめたが、休みの申し出は疲れた心身には有難く、素直に受け入れることにした。
 
 
「ムートンは甘いな」
 ネーベルスタンが軽く書類を整えながら口にした。
「将軍こそ、私が言わなければ休憩を提案していたのではないですか? それに、ギュスターヴ様には必要な時間でしょう」
 政務を潤滑に進めるためにも、とムートンは付け足した。
 扉の向こう側でバタバタと走り去る音が聞こえる。先王時代からの従者ならば何事かと不安になりそうなものだが、彼らにはもう聞き慣れた音だ。
 ネーベルスタンとムートンは顔を見合わせて、ふっと笑みをこぼした。

 


First Written : 2023/01/13