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私は母宛に手紙を書いた。
シュヴァルツメドヘンまでついてきた子は不満そうだったが、それを持って一足先に帰ってもらった。
グリューゲルから少し離れたところに家を貰い受けたいこと。私の旅はまだ終わっていないようだ、ということ——
敏い母ならきっとわかってくれると信じて封をした。
ギュスターヴ十三世はもういない。
彼の存在はその最期まで秘匿されなくてはいけない。
なるべく人に詮索されないところへ。
静かに、穏やかに、暮らせればいい。
私が来てからシルマール先生は留守にすることが増えた。おそらくヴァンと会っているのだと思う。
ヴァンアーブルはどう思うだろうか——同じようにギュスターヴも気になってはいたのだろう。シルマール先生はギュスに「心配しなくていい」と言っていた。
「ヴァンのことは私に任せておいてください。別れはいつの日か来るものです。それがいつか、というだけ」
先生の口ぶりからすると、ヴァンには知らせないままなのかもしれない。
罪悪感は拭えなかったけれど、私達は先生の言葉に甘えることにした。ギュスターヴの生存を知る者は少ない方がいい。それは確かなことだった。
黙っていることが罪ならば、私はそれを背負う覚悟を持たないといけない。彼と一緒にいるということは、そういうことなのかもしれなかった。
「なぁ、レスリー。髪を切ってくれないか?」
ギュスターヴが伸びっぱなしの毛先を引っ張った。お付きの侍女たちが入念に手入れをしていた髪は今や艶を失って随分と傷んでいた。
「片手だと、髪を洗うのも大変なんだよ」
それもそのはず。身体を洗うのも一苦労だろうし、髪に気を遣う余裕がないのも仕方ない。
「私、人の髪を切ったことなんてないわよ」
「切るだけだよ。乱雑な方が俺だとわかりにくくていいんじゃないか」
「そんなこと言っていると本当に適当にするわよ」
彼の言い草に少しむっとしながらも、どうしたものかと考える。この家にハサミはあっただろうか。ないなら村の人からかりなければいけない。石のナイフで切るのはさすがに自信がなかった。
「髪色も変えてみるか? いっそ派手にしたら変装にいいんじゃないのか。見た目が奇抜な程見つかりにくい、だったか?」
ギュスターヴがふっと漏らした笑い声が、なんとなく嗚咽のように聞こえて、私は彼の顔を見つめた。ギュスターヴは口元に笑みを浮かべたまま、何でもない風にくるりと私を見返した。
無理しなくていいのに、と思う。息子のように可愛がっていたのだから哀しみが深いのは当たり前だ。ギュスターヴに影のように付き従っていた『彼』の笑顔をもう見ることはできないのだと思うと、私の心もじくりと痛んだ。彼の最期は苦しくなかっただろうか。今は安らかに眠れているのだと信じたかった。
「あなたの場合は逆効果だと思うわよ。でもそうね、髪を染めるのはいいかもしれない」
これから移動するときに彼がギュスターヴだと気づかれてはいけない。慎重にするに越したことはなかった。
ハサミと、染料。顔を隠せる帽子か外套なども用意しよう。
ギュスターヴを守りきるために、やれることはやりたかった。